ボールの変更と選手のキャリア
今回は3月12日にリリースしたブログ「張本智和は水谷隼を超えたのか」で言及した内容を補足していきたいと思います。今回は”ボールに関するルール改正”にスポットを当てて書きます。
大きくは3つ。
① ボール変更と2人の天才
② ボール変更の恩恵を受けたベテラン勢はいないのか?
③ 時代が水谷選手と張本選手の関係を逆転させるとすれば
① ボール変更と2人の天才
用具の話になると我々はラケット・ラバーに目線を持っていきがちですが、卓球は“道具と道具の衝突を使って行うスポーツ“です。
ボール側の変化もラケット・ラバーと同じく大きなものになります。
ボールのルール変更は直近の20年で2回行われています。
2000年に38mmセルロイドボール(以下セル)から40mmセルへ。
2014年7月1日に40mm+のプラスチックボール(以下プラ)へとルールは変更されてきました。
水谷選手(1989年生)は1994年に5歳から卓球を始めて2000年の改正まで6年を38mmセル、そこから14年を40mmセルでプレーしています。
(セル20年 → プラ4.5年)
張本選手(2003年生)は2005年に2歳から卓球を始めていますので、38mmセルロイドは生まれる前の話。
(セル9年→プラ4.5年」
図にまとめると、このような感じです。
図:ボール変更と水谷・張本両選手のキャリア
このようにボール変更の歴史と2人のキャリアを比較すると、差は一目瞭然。
水谷選手が張本選手よりも、自身のキャリアにおける”セルボール時代の比率が大きい”という事がわかります。
そのため“セルボール対応のために作り上げた技術”も必然的に多くなります。
セルボールの時代には、現在のプラボールに比べてロビングもブロックもバウンド後に伸びました。(”セルボール×グルー”の時期など、なおさらです。)
ですから、相手に攻められる展開になっても、相手の攻め手を防ぐ(もしくは弱める)のに今ほどスイングを必要としなかったのです。
セルボールの時代には、現在のプラボールに比べてロビングもブロックもバウンド後に伸びました。(”セルボール×グルー”の時期など、なおさらです。)
ですから、相手に攻められる展開になっても、相手の攻め手を防ぐ(もしくは弱める)のに今ほどスイングを必要としなかったのです。
水谷選手のプレーは、中陣から後陣でのプレーが今よりずっと得点に結びついた時代に、20年かけて作り込まれてきたわけです。
20年かけて作り上げた“水谷隼”という名の芸術品を「ルールが変わったので」という理由で現代風に作り直す。これがいかに難しいことか。
人間国宝の彫刻家に、数年かけて彫り上げた作品を「品評会のルールが変わったので、こちらの作品を掘りなおしてくださいますか?」と言うようなものです。
すでに世界の頂点近くまで上り詰めるだけの芸術品にまで自らを仕上げた水谷選手。
かたや未成熟な段階から今まさに完成品へと自らを昇華させていく段階の張本選手。
張本選手が時代に適合し、時代に合った形で有利に試合ができるのは当然の流れなのです。
一方で、2人には共通点もあります。
2人とも技術・体力ともに未成熟な小学校高学年でボールが変わり、その後に国内の先輩たちや世界のレジェンド達をなぎ倒していきます。
“類まれなる才能と努力”という個別要因だけでなく、“ボールの恩恵を受けている”という点でも重なるところがあります。
1)世界的に見ても際立った個性のある、その時代における“次世代卓球”で
2)環境変化の恩恵を受けながら
3)若いうちから段違いの活躍をする
という意味で、同じ道を辿ってきているのです。
だから、自分自身が受けた恩恵を同じく受ける若き天才に、水谷選手自身も「ズルいな」とは思わないのではないでしょうか。
② ボール変更の恩恵を受けたベテランはいないのか?
何かのルール変更が味方して、適応できる環境の多いプレースタイルの人がカムバックするケースがあります。
プラボールへの変更においては、ティモ・ボル選手(ドイツ)です。
彼はもともと中陣での安定した両ハンドドライブを武器に試合をしてきましたが、2000年に40mmボールが導入されるあたりからプレー領域を前陣へと移し、カウンターを重視した卓球に変わっていきました。
※youtubeで「timo boll +“年代”」でお調べ頂ければ変遷がわかります。
2000年から2003年くらいまでをご覧になってください。
長引くケガと闘いながら年齢もベテランの領域となり、本来ならパワーも反応も落ちていく頃、2014年にプラ時代が到来します。
ボル選手の主戦場(前陣)が有利になり、時代の方が歩み寄った形となったのです。
しかもボールが伸びなくなったことで、少し距離を取るだけでボールは失速してくれる。つまりボル選手は、前陣での駆け引きで少し劣勢となっても、もともと強かった“中陣からの安定したドライブ”によって粘って崩す戦い方も選択できるのです。
「選手としてのボリュームがルール変更に対する強さにつながることがある」と、ボル選手のキャリアは教えてくれます。
これが、多くの領域で様々な種類のボールを駆使して勝てる選手の強みです。
③ 時代が水谷選手と張本選手の関係を逆転させるとすれば
最後に「時代が張本選手から離れ、水谷選手に歩み寄るケースはあるのか」という観点から考えてみましょう。例えば「ネットが高くなる」などの変更があった場合です。
このケースでは、“カウンターのリスクが高まり、脅威は薄れる”ことになります。
具体的に、起きる現象を説明しましょう。
高い打点で直線的にカウンターを打ち下ろそうとすると、高くなったネットが阻んでしまうケースが増えます。
ボール軌道を弧線にしなければならないため、相手への到達時間は伸びます。
図にすると、このような感じ。
図:ネットが高くなると起きること
直線的に打てば失点リスクが増し、弧を作れば決まらない。
前陣カウンター派にしてみれば、どちらへ転んでも困ったことになるのです。
そうなれば張本選手のようにリスクを取って前陣につく選手よりも、水谷選手のように中陣でのラリーに強い選手が有利になります。
このように、水谷選手にも“時代が歩み寄ってくる”という現象が起きうるのです。
また、ラリーが多くなると観客にとってはエキサイティングになるので、そのような変更が将来的に行われる可能性は十分にあります。
ところでボル選手のプレーの変遷で触れた「左利きで安定感のある両ハンドの選手が、ボール変更あたりを境に前陣へのプレーへと移行した」という話を思い出してください。
どこかで聞き覚えのあるパターンではないでしょうか。
そう、ボル選手が辿った道と水谷選手が今辿っている道はどこか似ています。
図:ネットが高くなると起きること
直線的に打てば失点リスクが増し、弧を作れば決まらない。
前陣カウンター派にしてみれば、どちらへ転んでも困ったことになるのです。
そうなれば張本選手のようにリスクを取って前陣につく選手よりも、水谷選手のように中陣でのラリーに強い選手が有利になります。
このように、水谷選手にも“時代が歩み寄ってくる”という現象が起きうるのです。
また、ラリーが多くなると観客にとってはエキサイティングになるので、そのような変更が将来的に行われる可能性は十分にあります。
ところでボル選手のプレーの変遷で触れた「左利きで安定感のある両ハンドの選手が、ボール変更あたりを境に前陣へのプレーへと移行した」という話を思い出してください。
どこかで聞き覚えのあるパターンではないでしょうか。
そう、ボル選手が辿った道と水谷選手が今辿っている道はどこか似ています。
「2人のレジェンドが、数年の時を経て似た道を行く。」
なかなか良い話ではありませんか。