大島祐哉は張本智和に対して何をしたのか(後編)
後編では、セットごとに少し細かい解説を行います。(大島祐哉は張本智和に対して何をしたのか(前編))本当に戦術について考えたい方向けに書いているため、少し表現に難しいものが紛れているかもしれません。
また、動画と共にご覧に頂き、内容について確認しながら読み進めていただくことをお勧めします。
1セット目…フォア前・ミドル前のレシーブからフォアサイドへ仕掛ける
前陣のバックサイドが極端に強い張本選手に対し、フォア前やミドル前へのレシーブからフォアサイドへの長いボールで「フォアハンドを不十分な状態で打たせてからの展開」を採用しました。
特に1セット目に目立ったのは、2バウンド目がフォアのサイドから出るストップや、フォアへのフリック(払い)です。
これらは「決定打にならないが、張本選手がフォアでドライブをかけざるをえないボール」です。
つまり、今回の全日本ではこれまでよりも早い段階でフォアを“使わせている“ということです。
バックハンド主体でハイテンポなラリーを得意とし、勢いによって連続得点も連続失点もある張本選手に対し、「勢いづかせないよう、得意ではない方からの展開を使う」という戦術だと考えられます。
2セット目…フォア前、ミドル前のレシーブからバックサイドへ仕掛ける
1セット目のフォアサイド攻撃によって張本選手の中に作り上げられた「フォアを狙われている」というイメージを利用したのでしょう。
長いボールを送る際には、1セット目と逆にバック側から仕掛けていきました。
また、常に張本選手がフォアを意識しないといけないよう「バックサイドへの仕掛けに対応されそうだと思ったら、改めてフォアサイドを突く」などの細かい転換を繰り返した印象でした。
3セット目…過去の対戦で使った戦術で戦う
3セット目に見られたのは、張本選手のバックハンドからの展開でした。
「バックハンドドライブや、チキータに対するバックへ伸ばすボールからバック対バックの展開」といった、過去の対戦で使っていた展開に終始しました。
セットカウント2-0で迎えた第3セット、序盤で0-4となり、「ここで色々な勝負の手を出しても、戦術の無駄づかいになる」と考えたのでしょう。
得意な展開から勢いに乗ると手がつけられない張本選手の強さが際立つセットとなりました。
4セット目…勝負の大きな分かれ目、大島選手の徹底したロングサーブ
このセットは、大島選手が得意のフォアでミスを重ねたこともあり、第3セットで勢いに乗った張本選手が中盤まで8-4でリードしていました。
観衆のほとんどはセットカウント2-2となることを予感していたと思いますし、気の早い人なら「結局、張本選手が勝ってしまうのだろう」と思い始めたところでした。
ここから、大島選手の張本対策が披露されます。
「連続ロングサーブ」です。
大島選手は4-8ビハインドから合計4本のサーブを持つことになりますが、そのすべてが張本選手のバック側をつくYGロングサーブでした。
また、7-8でのネットインで大島選手にラッキーなポイントがあったことや、9-8で張本選手の厳しいバックハンドをフォアハンドでなんとかサイドにねじ込んでミスを誘えたことなどが7本連取による逆転を生みました。
また大島選手は10-8からのレシーブもバックへの深いツッツキを選択し、張本選手は空振りをしました。
現代卓球に多い「“回り込みが少ない、バックハンドの得意な選手“に対して、バックの深いところに下回転の厳しいボールで攻める」という手は、あの張本選手にさえ効くことを大島選手は示してくれました。
5セット目…徹底的なフォア側シフトの展開で大島選手が突き放しにかかる
4セット目を大逆転で勝ち取り、セットカウント3-1と勝利に王手をかけた大島選手は、1セット目と同じく、「フォア前・ミドル前からフォア側を攻める」展開にシフトしました。
8-6までリードし、完全に大島選手の流れで試合が進んでいきました。
「張本選手のフォアハンド強打は、ほぼすべてクロス」というのは、選手であれば多くの人が気づくところですが、大島選手はそれを見事に得意のフォアカウンターでしのいで得点にしていきます。
クロスにくるとわかっていても普通は取れないのですが、大島選手のフォアハンドとフットワークが、その得点を可能にしていました。
土俵際に追い込まれた張本選手ですが、ここで張本選手の中学生らしからぬ懐の広さが発揮されます。
2点ビハインドで迎えた6-8からの手は、短いボールからの展開や、コントロール重視のチキータやフリックと、台を大きく使う形でした。
勢いにまかせず落ち着いた卓球で5本連取し張本選手が逆転しました。
6セット目…勢いに乗る張本が一気に攻め切り、セットオールに持ち込む
5セット目の逆転を経て再度勢いに乗る張本選手は、得意のスピードでたたみかけました。こうなると本当に手が付けられません。全く逆転のきっかけがないまま6セット目は張本選手が取りました。
大島選手としても流れが悪く、早い段階で「基本的にはセットオールにかけよう。とれたらラッキー。」くらいの気持ちにシフトしたのではないでしょうか。
7セット目…バックミドル攻めとロングサーブで金星をつかむ
このセットでは、過去の6セットと違い大島選手が張本選手のバックミドルあたりにボールを送っています。
いつもの張本選手ならバックで処理しそうなコースなのですが、フォア狙いを警戒したせいか厳しい体勢でフォアハンドを打つ展開になりました。
また、このセットは大島選手の“とっておきサーブ“が多くみられました。
まず、セットの最初のサーブ1本と、9-9からの2本(ネットにあたってノーカウントとなった物を含めると3本)は順横系ロングサーブでした。
それに対して張本選手はすべてバックハンドでの対応となり、最後の2失点につながりました。
また、大島選手は7-8ビハインドからのサーブと、9-9でのサーブはトスに怪しげな時間差を入れる工夫をしていました。
「一度、体全体は動かし始めるがトスする手は維持→時間差でトス」という手法です。
しかも7-8からは低いトス、9-9からは高いトスと、その高さにも意図が感じられました。
直接お話すればもっと多くを共有することができるかもしれません。
正直、文字ではお伝えできる情報の量と鮮度に限界があり、実際に動画を一緒に見ながらお話をしたいところです。
本当に卓球を熱心にご覧になっている方しか、この文末まで読んでは頂いてないでしょう。
熱心な皆様には、より深く細かく卓球をご覧になっていただきたい。
そのための視点を、今後もご提供できればとてもうれしく思います。
織部隆宏